受験生のエンジンは6年生になったらかかるもの?
中学受験は、受験生とその家族全体が熱血して取り組む特別な挑戦です。
塾の先生は、小学6年生になる4月から、徐々に目の色が変わって真剣になる子が増え、10月にはさらに増える。12月を超えると大半の子が真剣な表情に変わると言われていましたが、うちの子の目の色は、受験当日になっても変わりませんでした。
なにしろ、受験全日でも、「眠い」と言って早く寝ているような状況でした。
親も本気になれなかった
一方、私たち親も、子供のお尻を叩いて何が何でもいい結果にするという「本気」になることが、最後までできませんでした。
正直に言えば、子供に嫌われてまで、受験の結果に執着できなかったということです。
プレッシャーを与えすぎることは避けたいと考え、子供が学びに対して前向きな姿勢を維持できるようにすることを優先しました。
その結果、さいごまでエンジンがかからなかった。
つまり、全く思っていた通りにならなかったわけです。
子供が関心を持つことは、ゲームでもYoutubeでも山ほどあり、その中で「今は中学受験に集中する」と判断できるほど、成熟していなかった。
それなのに私たちは、子供の自主性という耳障りのいい言葉を信じて、誤った方針をとってしまったのです。
参考記事:「1.中学受験に挑戦した男の子、真夏」
1つだけうまくいったこと、子供の障害を真剣に取り除く
大きな方針としてうまく行かなかったわけですが、私たちがうまく対処できたことが1つありました。
これがなければ、あまりいい結果にならなかったかもしれません。
それは、子供が嫌だと思うことに対して、否定しなかったことです。
1つ目のピンチ:自由への疾走
6年生になってから、3回のピンチがありました。
1回目は、6年生の5月ごろ。6年生になり、塾の頻度が高まり、授業の時間も長くなります。
5月になって、子供が塾に行きたくないと言い出しました。決して勉強したくないわけではないが、今日は行きたくないと言うのです。
妻はこの言葉を信じ、その日だけは塾に行かなくていいから、家でちゃんと勉強しなさいと言い、休ませました。
もし私が判断を聞かれていたら、「行ったら楽しいから、とりあえず行きなさい」と言ったに違いありません。
この日を境に、塾を休みたいといったことは二度とありませんでした。妻の判断は正しかったと思います。
おそらく、毎日スケジュールが決められ、自分の時間が全くない中で、自分の自由になることが何ひとつない不満が、我慢の限界を迎えたのではないかと思います。受験に向けた日々が、自由のないつまらないものではないことを知れて、これから先の日々に対して気が楽になったのだと思います。
2つ目のピンチ:漂流教室
6年生になると、塾や子供によって、志望校別に校舎を移る機会が出てきます。
真夏も志望校に応じて校舎を移り、週1回新しい校舎に通い始めたのですが、そこから少し元気がなくなってきました。
塾が終わると、塾で起こった面白いことを夕食のときに話してくれることが多かったのですが、「今日はどうだった?」と聞いても、あまり話をしてくれなくなりました。もしかして思春期突入かな?とも思ったのですが、彼の不満のサインだったようです。
新しい教室では、成績を鼻にかけるクラスメイトがいて、その子が授業の進行に大きく影響を及ぼしているようでした。その状況にモノを言えるほどの人間関係もできていないし、自分の成績が彼よりもいいわけではないため、真夏は我慢しながら授業を受ける日々が続いていたようです。
ある時、「こんな子と同級生になるのなら、こんな学校行きたくない」と思い始めたようで、志望校を変更するとともに、塾の教室も別のところに変更しました。
成績だけではなく、塾の人間関係にも配慮しないといけないということに、大人の社会と同じだなと思ったものです。
教室を移動したはいいものの、そこでも別の問題が起こります。
教室には車で送り迎えをしていたのですが、新しい教室になってからというもの、子供が朝の車の中で宿題に目を通すようになりました。とうとう本気になったか、と目を細めながら見ていたのですが、これが全くの誤解でした。
ある日真夏は、「あの校舎に行きたくない」と涙を流して話しました。
こういう時は父親が相談相手になるといい結果にならないものです。母親ならば弱音も正直に打ち明けられるので、二人で話をしてもらいました。
真夏が言うには、先生が怒鳴ったり、机をたたいて叱ることが怖くて嫌なのだそうです。
車の中で宿題を見直していたのは、先生に怒られる恐怖からやっていたことでした。
塾に対して憤りも感じましたが、申し入れたところで、受験になにもプラスになることはありません。
子供が後ろ向きにならないよう手を打つことだけを考え、子供の要望を受け入れました。
このタイミングが6年生の11月ごろ。
今になってこんなことしていて大丈夫なのか?という不安はありましたが、子供の問題に目をつぶることはできません。
3つ目のピンチ:誰が為に鐘は鳴る
6年生の12月には、漠然とした志望校ではなく、具体的に受験のスケジュールを組み立てます。
塾は、かなり強気の受験スケジュールに誘導しようとします。振り返ると、この塾の姿勢は間違ってはいなかったのですが、その時は、全部失敗したらどうしようという不安を、子供も親も感じていました。
12月のある日、珍しく私は子供と向かい合って話をしました。
「受験でいい学校に合格してほしいという気持ちはあるけど、今合格圏にある学校に入学できれば、十分親の期待には応えてくれている。」
「もっといい学校に合格したいというのなら、止めないけれど、それがプレッシャーになるのなら、もっと安全圏の学校を増やして勝負しても構わない。」
「受験で真夏は大きく成長した。つらい塾通いに我慢してやっている努力を知っている。それだけで受験で十分得るものはあった。」と伝えました。
これで子供は気が楽になったようで、塾の先生や母親に正直に受けたい学校を伝え、自分に合った勝負ができました。
親の期待にこたえたいという気持ちがプレッシャーになっていたのではないかと思います。
プレッシャーを努力に転換できる子供もいると思いますが、真夏はそうではありませんでした。
身の丈以上のプレッシャーを取り除いてあげたことで、平常心で受験に望めたのではないかと思います。
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